聴覚情報処理障害(Auditory Processing Disorder: APD)とは、「聞こえている」のに、「聞き取れない」、「聞き間違いが多い」など、音声をことばとして聞き取るのが困難な症状を指します。通常の聴力検査では異常が発見されないこの症状は、耳から入った音の情報を脳で処理して理解する際に、なんらかの障害が生じる状態だと考えられています。
この状態を表す言葉として、海外ではListening difficulties:LiDという言葉が使用されることが多くなっています。私たちはこのLiDを「聞き取り困難症」と称し、従来のAPDをLiD/APDとして表記していくことにしました。
こうした症状に対する研究は1950年頃から欧米を中心にはじまり、診断・支援に関して各国でガイドラインが作成されました。しかし、LiD/APDの発見は比較的新しいため明確な治療法はまだ確立されていません。早急な疾患概念の整備と診断基準の作成が求められているのが現状です。
欧米に比べて日本での認知度ははるかに低い状況ですが、一方では研究が進みつつあります。近年、LiD/APDが小児の言語発達の遅れの原因の一つであることや、欧米で言われる聴覚のみの障害ではなく、発達面の問題を抱える例が多く存在することが指摘されてきました。また、NHKニュースでLiD/APDが取り上げられたことをきっかけに症例が広く知られるようになり、幅広い年代の人達が診断を求めるようになりました。
本研究は、「聞こえている」のに「聞き取りにくさ」を抱える当事者に、聴覚情報処理障害(LiD/APD)を診断するための基準を示すことを目標としています。訴える症状や悩みは同じであっても、背景に違うメカニズムが隠れていることもあります。この研究は、聞き取り困難を訴える患者への診断基準に頭を悩ませていた耳鼻咽喉科医にとっても有益なものです。LiD/APDがさらに世に広く知られていく事で社会の理解も進んでいくことでしょう。症状に応じた対処法を介入研究によって検討し、重症度に応じた対処法を示す事は、当事者が円滑な社会参加を行う上で非常に重要であると考えています。
LiD/APDについて専門的な検査・診療を行っている病院は全国でも少なく、診断の環境もまだまだ整っていないのが現状です。聴力検査では正常範囲であるため、詳しい検査を求めて遠方まで足を運んだり、予約に数カ月かかったというケースもあります。
発達障害や言語発達上の
問題であるケースが多数
脳損傷
発達障害
認知的な偏り
心理的な問題
2023年現在において、LiD/APDは治療で治るものではありません。メカニズムをみると、脳の特性が背景要因になっていると考えられ、中には発達障害の傾向がある人もいます。しかし、聞き取りにくさの程度や環境など症状は人それぞれ異なるもの。環境調整・補聴手段の利用・心理的な支援などを組み合わせ、何が最も有効であるかを知ることが改善のための第一歩になるでしょう。