聴覚情報処理障害 (Auditory Processing Disorder:以下LiD/APD)は、一般的な聴覚検査では異常が認められないにもかかわらず、雑音などがある環境において話の聴取や理解が困難になる障害です。LiD/APDについては原因の解明が進んでおらず、国内では診断基準も明確に示されていません。加えて、医療機関や教育機関での認識が不十分なために、LiD/APDをもつ子どもたちが見落とされ、適切な介入や支援に結び付けられていない例が多く存在します。
海外の先行研究によれば、小児の2~7%にLiD/APDが疑われるため、国内においても子どもたちへの支援を早急に実現する必要があります。小児のLiD/APD疑い例の早期発見と介入・支援を実現するために、LiD/APD専門医と生体情報処理の専門家の学際的研究体制により、本研究へ取り組みます。
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LiD/APDの特性を持つ人々は、一般的な聴力検査では異常が無く、静かな環境にいる時は聞き取りも問題ありません。しかし、特定の条件下において話の聴取や理解に困難を訴えます。
LiD/APDと類似した症状は、脳損傷や聴神経に機能障害がある症例にも見られますが、本研究では、そのような器質的障害が見られないLiD/APD症例を主な対象とします。
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海外の先行研究では、小児期の子供の2~7%にLiD/APDが疑われるという報告があります。仮に海外の有障害率をそのまま日本にも適用できるとすれば、小学校の1クラスに1~2人程度の割合でLiD/APDをもつ子どもが見落とされており、適切な支援が受けられていない可能性があります。近年、教育において聞く能力の重要性が高まりつつありますが、その一方で聞き取りづらい環境が増加しています。
〇聴く能力の重要性の高まり現在の国内の学校教育は、LiD/APDを持つ子どもたちに大きな不利益を与え、効果的な教育や学習支援の機会を与えられていない可能性が高いのです。日本では発達障害支援法が2005年に施行されたとはいえ、LiD/APDは支援対象として認識されていません。米国、英国、ニュージーランドなどの海外で導入されている教育現場での総合的支援システムを参考にして、早急な支援体制を確立する必要があります。
他にも性格特性や聴取環境などに依存して症状が出現するため、聴覚障害専門医であってもLiD/APD症状を引き起こす障害構造を正しく理解することは難しいものです。ましてやLiD/APDの認識が不十分な医療機関では、症例が見逃されたり、別の障害と見誤って診断されたりすることが少なくありません。
本研究課題の核心をなす「問い」の出発点は「LiD/APDをもつ子どもたちの支援のために何が必要か」という事です。その答えを示すため、私たちは以下の課題に取り組みます。 1. 就学前・初等教育の段階での早期発見は可能か?→LiD/APD疑い例の早期発見のための検査法の開発・実現
学校教育における学習の遅れを低減するためには、小児期の初期に支援が必要な子供たちを発見する必要があります。保護者・教師の観察に基づくスクリーニング精度の向上を実現し、聴覚検査と同時に脳活動計測を行います。脳活動計測に基づき、聴覚情報処理の特徴を客観的に評価できる分析法の開発を目指します。
→日常の音環境をシミュレートし、日常生活における困難度評価法の開発・実現
効果的な対応策を立案するため、当事者の日常生活における困難の詳細な理解が必要です。立体音響再生システム (5.1chサラウンドシステム)を用いて実生活における音環境をシミュレートすることで、LiD/APD症状の特性や困難度を分析・評価する方法の開発を目指します。
→LiD/APD支援のための室内音響の改善技術と補聴技術の開発
LiD/APD症状は静寂な環境下など条件が整った場合、聴取に問題が無い例が多いです。したがって、雑音を低減し必要な音声のみ強調して耳に入力することで、症状緩和の可能性があります。環境の音響特性の改善(教師のマイク使用・外部からの騒音軽減等)や補聴機器を導入し、その有効性を検証します。